ピラティスのスタジオが街に増え、運動を始める入り口が広がりました。入り口が増えること自体はとてもいいことだと思っています。一方でReProには「グループのピラティスに行ったけれど、結局これが何をしているのか分からなかった」「どこに効かせているのか分からない」「ピラティスって何がいいんですか」という声がよく届きます。
Podcast「RePro RADIO」第17回では、代表の古賀武揚が「ピラティスは体にいいですよ」というふわっとした説明ではなく、なぜいいのかを体の仕組みと運動学習の観点から掘り下げました。テーマは、古賀が考えるピラティスの強み4つです。
そもそもピラティスは、人の名前だった
ピラティスは何かの略語ではなく、ジョセフ・ピラティスという人物の名前です。この人が自分自身の身体観と運動に対する哲学を体系化していったものが、いま私たちが呼んでいる「ピラティス」です。
今でこそ、きれいな人がやっているというイメージが強いかもしれません。ただ成り立ちはまったく違います。第一次世界大戦の時代、イギリスにいたピラティスはドイツ人だったことから拘留され、病院で働くことになりました。そこで、体を動かすことが難しい患者さんのために病院のベッドにスプリング(バネ)を取り付けて、手足の運動を補助してしまおうという発想を持ちます。いまのリフォーマーのルーツは、この「ベッドにバネをつけた」という発想にあります。
その後スタジオを開いたピラティスは、自分のメソッドを「コントロロジー」と呼んでいました。体をどうコントロールするか、という思想です。ここが重要で、この筋肉に効かせるという局所的な話ではなく、自分の体をどう制御して、どう動かすのかという、もっと大きな視点から始まっているということです。
ちなみに、なぜ今また流行しているのかは諸説あります。SNSに上がる写真が映えること、これなら私にもやれそうだと思えたこと。時代の後押しがあったのは間違いないでしょう。ただ、なぜやるのかを知らないまま続けている方も多いのが実情です。
強み① 過緊張の抑制|大事なのは最大出力ではなく「力の解像度」
1つ目は過緊張の抑制です。ひとことで言えば、使いすぎている筋肉を休ませるというイメージになります。
現代人はかなりストレスフルな環境で生きています。仕事、人間関係、スマホ。そうすると肩が自然と上がっていたり、本人が意識していないところで余計な力が入り続けていたりします。「力を抜いてください」と言われて、自分はこんなに力が入っていたのかと初めて気づいた経験がある方も多いはずです。
収録では、古賀が大学時代に働いていた焼肉屋の話が出ました。洗い場に、とんでもない力で皿をゴシゴシ洗う先輩がいたそうです。基本的な汚れは洗浄機が落としてくれるので、そんな力は必要ありません。それでも本人にとっては軽く洗っているつもりで、ある日、力が入りすぎて皿を割ってしまった。歯を磨く力が強い人、冷蔵庫を閉める音が大きい人。同じことは日常のあちこちで起きています。
100%の力を出せること自体は、もちろん能力です。ただ、皿を洗うときに100を出す必要はありません。20くらいで十分で、必要なときだけ50、80、100と出力を上げていければいい。つまり重要なのは出力の最大値ではなく、力の解像度だということです。
この話はスポーツでも同じです。その距離にその強さのパスを出してしまう選手は、力のコントロールが得意ではありません。逆にボランチのようなポジションは、力のコントロールが上手な選手が適しています。
ピラティスは比較的低い負荷の中で、呼吸や筋肉の感覚、動作をコントロールしていきます。だからこそ、とにかく力を出して動作を完成させる筋トレとは違う体の使い方を学びやすい。単に力を抜くという話ではなく、必要なところには力を使い、必要のないところでは余計な力を使わない。それをリラックスした状態で行えることが、ひとつの強みです。
強み② 機能的可動域|「動かしてもらえる範囲」と「自分で動かせる範囲」は違う
2つ目は機能的可動域です。前提になるのが、受動と能動の違いです。
人に動かしてもらって出る可動域と、自分で動かして出せる可動域は同じではありません。足を持ち上げてもらえば90度上がる人が、自分で90度まで上げてくださいと言われるとまったく上がらない、ということはよくあります。動くということと、自分で動かせるということは別物です。前者の可動域はモビリティ、自分で動かす能力はモーターコントロールと呼ばれます。
ピラティスは基本的に自分で動きます。そしてスプリングを押したり引いたりしながら、外から与えられる抵抗や補助を、体を動かすための手がかりとして使えるのが特徴です。何もない空間で腕をここまで上げてくださいと言われるより、バーを最大限押しながら腕を上げてくださいと言われたほうが、体として何をすればいいのかが明確になりやすい。自分の意思で動作を遂行しながら、自分で扱える可動域を広げていけるわけです。
姿勢は「作るもの」ではなく、体のアウトプット
ピラティスをすると姿勢が良くなる、とよく言われます。ただ古賀は、体幹を鍛えるから姿勢が良くなる、という説明だけで済ませたくないと話します。
姿勢はずっと意識して作っておくものではなく、そのときの体の状態や環境から生まれる結果です。姿勢は体のアウトプット。姿勢が悪いから体が悪いのではなく、今の体の状態を反映しているのが姿勢だ、という捉え方です。
たとえば胸が開かない、股関節が使いにくいというように、コントロールできる範囲が狭いと、限られた選択肢の中でなんとか適応して姿勢を作ることになります。引き出しが少ない状態です。逆に自分で動かせる範囲が増えれば、体のいろいろな部分を協調させられるようになるので、背筋を伸ばさなきゃと思っていなくても、結果として体の配置が変わってきます。
つまりピラティスで姿勢を良くするというより、いい姿勢が生まれやすい体の条件を整える作業に近い。その手段のひとつがピラティスだ、という位置づけです。
強み③ 動作の多様性|正解を一つしか持たない体はもろい
3つ目は動作の多様性で、ここはかなり重要な部分です。
人間の体は、数学のように「これが正解です」という世界ではありません。歩く、しゃがむといった同じ目的を達成するにも、いろいろな運動戦略があります。だから体にとって怖いのは、ひとつの動きができないことだけではなく、ひとつの選択肢しか持っていないことです。
道端に1万円が落ちていて、それを拾うとします。腰を曲げる方法しか持っていない人と、股関節も使えて、膝も曲げられて、体もねじれる人。複数の運動戦略を持っているほうが、環境の変化に柔軟に対応できるのは当然です。
研究でも示唆があります。腰の周りに筋電図をたくさん貼って筋肉の活動を見た研究では、慢性腰痛のある人は同じパターンで筋肉が使われていることが報告されています。腰痛のない人は、同じような動作をしていても、いろいろな筋肉を使って負担を分散させているようなイメージです。日常では基本的に同じような仕事をして、同じパターンの動作しかしません。それが積み重なっていきます。
だからこそ、ひとつの運動パターンに体を適応させるのではなく、いろいろな運動パターンを経験させることに意味があります。マシンピラティスはバネの力を使って押したり引いたり、回ったり伸びたりと、いろいろな姿勢の中で動けます。複数の正解を体に持たせるための環境として、とても面白い。いい姿勢というひとつのポーズを覚えるのではなく、いろいろな姿勢や動作を経験して、その状況に応じて体を使えることが大事だということです。
強み④ 体は学習装置|「思ってたのと違う」が次の一歩をつくる
4つ目は、体が学習しやすいという点です。
私たちは動いてから考えているように感じますが、実際には脳は常に、次に何が起こるかを予測しています。こう動いたらこういう感覚になるだろう、という予測です。この予測は人によって全然違います。同じスクワットをやってもらっても、動きも、感じている感覚も違う。
そして実際に動いて結果を感じ、予測と現実の間にズレがあれば、モデルを更新していく。生涯アップデートされ続ける学習システムが体だ、というのが古賀の見方です。ここで差が出るのは頭のよさではなく、イメージしたことと体が結びついて、イメージした通りの動きができるかという能力です。ちなみに余談として、運動はおよそ8割が遺伝と言われ、勉強は半分ほどと言われている、という話も出ました。運動神経は遺伝子に依存する割合が高いということです。
この予測と現実のズレは、プレディクションエラー(予測誤差)と呼ばれます。面白いのは、このズレが必ずしも失敗ではないということ。思っていたのと違うという情報があるから、では次はどうすればいいのかと、脳がモデルを更新できます。流れにすると、こうなります。
- 動きを経験する
- こうなるだろうと予測する
- 実際に動く
- できたかできていないか、感覚を受け取る
- 予測とのズレを検出する
- 修正して、もう一度動く
できなかったという情報が、次の学習を生みます。人は最初から完成されていません。
楽しさと新奇性が探索を生む|「できそうでできない」がちょうどいい
ここに「楽しさ」が入ってくると、学習はさらに進みます。マシンピラティスは、楽しさと新奇性(珍しさ)が融合しているのが特徴です。
普段の筋トレはシンプルですが、マシンピラティスはスプリングの抵抗があり、体を逆さにしたり回してみたり、どうやって動くのだろうという場面が出てきます。ただし、単に楽しいで終わる話ではありません。面白いな、うまくできたなと感じると、もう一回試したくなる。予測して、動いて、結果を感じて、ズレを修正して、もう一度試す。この探索が起きます。
楽しいと、そちらに注意が向きます。注意が向くと探索したくなり、試行錯誤が増え、学習する機会が増える。ここにはドーパミンも関わっています。ギャンブルなどの文脈で快楽物質として語られることが多い物質ですが、もっと知りたい、次はどうなるんだろうという探索や動機づけにも関わっています。
運動学習では、ちょっと難しい、でもできそうだ、という感覚が大切です。簡単すぎると探索が止まり、難しすぎると探索を諦めてしまう。できそうでできない、けれどまだやれるかもしれないという負荷を絶妙に設定できることが、ピラティスの持ち味です。
ピラティスだけで完結させない|ReProが架け橋として使う理由
ReProでもピラティスを行っていますが、目的はピラティスが上手になることではありません。体の動きにつなげていくためのピラティス、いわば架け橋として使っています。
姿勢を良くする運動、体幹を鍛える運動という枠に収めてしまうと、本質が見えにくくなります。そうした変化が起きる可能性はもちろんありますし、起こすこともできます。ただ、その根底にあるのは、ジョセフ・ピラティスが「コントロロジー」と呼んだ体を自分でコントロールするという思想です。体に選択肢を増やして、体の可能性をアップデートしていくためのツールとして捉えています。
だからこそ、ピラティスだけですべてが完結するわけではないことも、はっきり伝えたい部分です。筋肉量も筋力も必要で、筋力を高めたいなら筋トレのほうが効率がいい。ピラティスでそこまで筋肉がつくわけではありません。心肺機能を高めたいなら有酸素運動です。ひとつの手段を神格化しすぎないこと。流行っているからピラティスをやっておけばいいか、という考えだけは手放していただきたいところです。ピラティスで体が学んだことを土台にして、次は何をするのか。その持っていき方が大切です。
なお、男性にこそおすすめしたいという話もありました。体が硬かったり、強い力を出すことしか知らない体を持っている方は少なくないからです。実際、ReProには男性の方も多く通われています。誰に何が必要かは人によって違うので、一人ひとりカウンセリングをして見極めたうえで内容を決めています。
まとめ
第17回で語られたピラティスの強みは、次の4つでした。
- 過緊張の抑制:出力の最大値ではなく、力の解像度を上げていく
- 機能的可動域:抵抗や補助を手がかりに、自分で扱える範囲を広げる
- 動作の多様性:正解をひとつしか持たない体に、選択肢を増やす
- 体が学習しやすい:予測とのズレを、次の動きの材料にできる
そして、そのすべての根底にあるのが、体を自分でコントロールするという思想です。ピラティスで体をアップデートしながら、筋トレも有酸素運動もきちんと行う。それが古賀の言う「使える運動をする」ということです。流行っているからではなく、自分の体に何が必要かという視点で選んでいけると、続ける意味も変わってきます。
この回の内容は、Podcast「RePro RADIO」第17回でお聴きいただけます。